主婦という立ち位置

無給で動いてくれる人が親族に一人は必要だと思うんだ。

入院先に宅配便で洗濯物を送るようなことは、もちろん便利だしお金を出せばできるんだけど、今日の食事はどうだった?とか、調子どう?とか、そういう会話ができるっていうのも、精神的に充実させることができると思っていて。

車でさっと迎えにきてくれる親族がいると、電車混んでた?雨に降られなかった?荷物重い?とか、帰りにスーパーに寄ってこのアイスクリーム美味しいんだよ!買わない?とか、そういう会話をしながら帰れる。もちろん、お金を出せばタクシーで帰れるんだよ。でもさ。

 

主婦なんです!やってあげてます!

なんてこれっぽっちも思ってないけれど。

だってその会話が主婦にとっては全てだから、主婦にとっての楽しい部分なんだよね。

 

だからといって、それを、評価せずに、使いっぱしる、のは違ってて。

 

サラリーマンだって、おまえに給料出してやってるんだ!俺のいうことを聞け!って上司がいろんな要求をしてきたら、パワハラなわけで。

 

主婦にだって、パワハラというハラスメントは成立すると思うんだよね。

 

無給とはいえ、生活費の中で食事付き屋根付きなんだから、そこは感謝しながらやることはやる。

 

でも生活費もいれないような人に、感謝はできない。

給与の支払いが遅れたら大問題でしょ、生活費の入金が遅れたら同じように大問題なんだよ。

 

主婦だから家族だからそれくらいいいでしょ

 

はナイ。

 

そういうケジメが、日本人男性に足りないんだよね。

 

周囲のママ友と話してて、全員が、

独身時代の貯金を切り崩してるよ。旦那は少ない生活費しかいれないからね。物価は上がってるのに、生活費は10年変わらずだよ。化粧品代は実家持ち。実家に帰る交通費も自腹。

皆が皆、見事に皆、そう言う。

 

実家に頼るのも構わないと思う。

でも、そういうこと=家族だからいいでしょ、を一方的にしておいて、

その言動?その行動?ってことない?

 

そこがね、日本が世界に間に合ってない部分だと思う。

主婦という職業に関して、

離婚時にも生活ができないような金額を提示されるのは主婦だし、年金にしても専業主婦も減額って言われると無給で働いてるのに老後も誰にも評価されないってね、じゃあ主婦にも給与と退職金と失業保険と産休中の給与と、、、って保障してほしいって思ってしまう。嫌なことを言い始めると、それならもうPTAもしないし、誰のフォローもしない、とか、給与もでないなら自分本位で動くから家族の要求は自分が好きなものだけするね、とか。

 

日本の社会が、女性にも働いてもらう!っていうのはいいけど、

それに対して主婦はね、っていう評価をするのは、違うかなって。

主婦だからできないこともあるし、働いてるからできないこともあるし。

そこを補い合ってるのに、ね。